【能面】





















 見えていますか?


 あなたたちに、私が見えていますか?


 覚えていますか?


 あなたたちは、私という存在を覚えていますか?


 
 あなたたちには、もう見えないでしょうね、私なんて。


 あなたたちは、もう覚えていないでしょうね、私なんて。


 別にもう、期待なんてしないけれど。


 裏切られるのは、もう十分だから。

























「ご、ごめん蓉子、書類、忘れちゃった」


「・・・・・・白薔薇さま、もう一度仰ってくれません?耳が遠くなったのかしら、聞こえなかったの」


「あ、あの、だからね?しょ、書類を」


「書類を?ハッキリお願いね?」


 あらら、聖ったら泣きそう5秒前じゃない。


 情けないわね、白薔薇さま。


 蓉子も、聖になんか書類頼まないで、祥子とか令に頼めばいいのに。


 私?


 私に渡されても、持ってくるはずないじゃない、めんどくさい。


「わ、忘れ」


「忘れた、なんて仰いませんよね?白薔薇さまともあろうお方が」


「ぁ、あぅ」


 あら、意外に頑張るじゃない、聖。


 しょうがないから、泣くまで見守ってあげるわよ。


 感謝しなさい。


 さあ見守ろう、と思った時コンコン、とドアが叩かれた。


 全員の目がそちらに向く。


「失礼します。ここは、薔薇の館であっているでしょうか?」


 そう言って入ってきたのは、聖に似た顔立ちをした子だった。


「ええ。どちら様かしら?」


!」


 蓉子の言葉をさえぎって、聖が彼女に駆け寄っていく。


 浮かんでいる顔は、笑顔。


 でも、その笑顔を見て、私は眉を寄せた。


 だって、能面みたいだったんだもの。


 あの、気持ち悪いくらい笑顔の能面を、被っているようなんだもの。


「姉さん、書類、忘れて行ったでしょう?」


 私が見ていることに気づいていないのか、あの笑顔のまま聖に書類を差し出す彼女。


「持ってきてくれたの!?」


「ええ」


「聖、この子、あなたの妹さん?」


「初めまして、佐藤です」


 蓉子や私たちに向かって頭を下げる彼女。


 やはり、顔にはあの能面が。


 誰も気づかないの?


 蓉子も、聖も、祥子や令たちも気づかないって、どういうこと?


 特に聖、あなた姉じゃないの?


「ありがとう、。助かったよ」


 さっきまで泣きそうだったものね。


「良いのよ、お礼なんて。それでは、失礼しますね」


 それだけ行って出て行ってしまう彼女が、私には逃げ出したように見えた。


「ちょっと失礼するわね」


「江利子?」


 蓉子の声には答えず、私はその部屋を出る。


 階段のほうを見ると、音もさせずに早歩きで去って行く彼女が見えた。


「待ちなさい」


 そう声をかけると、大げさなくらいに体を震わせ、あの子は立ち止まった。


 それでも、こちらを振り返ることなく、私に背中を向けたまま。


「こっちを向きなさい」


 階段を降りて、私は彼女の肩に手を置いた。


 ゆっくりと振り返った彼女の顔は、気味が悪いほどの能面。


「何か御用ですか?」


「ええそうよ。そのお面は自家製?」


「・・・・・・・仰っている意味がわかりません」


 笑顔が強張ったのを、私はしっかりと見た。


「意味がわからない?そんな事あるはずないわ。だってそれは、あなたの意思でつけているのでしょう?」


「言い掛かりはやめてくださいっ」


「ねえ、ちゃん。それ外しなさいよ」


「っやめてください!」


 彼女の拒絶を無視して、私は柔らかそうな頬を撫でる。


「ねえ、そんな物、取ってしまいなさいよ。つけている意味なんてないでしょう?」


「やめてっ!」


 私の手を振り払おうとしたみたいだけど、残念ね。


 反対に、その手を掴んだ。


「普通に笑いなさいよ」


「やめてっ!私の仮面を剥がないでっ!!」


 叫ぶような声。


 この声を聞きつけて、誰かが来るかもしれないわね。


 まあ、その時はその時だわ。


「仮面なんか被ってたら、あなたの顔が見えないじゃない。あんな気持ち悪い仮面かぶって、何が良いわけ?」


「離してっ!」


「い・や」


 彼女の両頬を押さえれば、ボロボロと涙を流していた。


 笑顔以外、できるんじゃない。


「これじゃなきゃ、生きていけないのっ。仮面をかぶらなきゃ、あの家ではっ!」


 あの家って、聖の家ってことよね。


 確か聖の家は、母親がすごい執着を聖に持っているのよね。


 ・・・・・そういうことね。


「なら、私の隣で生きなさいよ」


「え・・・・・・?」



 涙を流したまま、私を見上げてくる彼女。


「そんな仮面を被ってまであの家にいる必要なんて、どこにあるわけ?理解ができないわ」


「っそれはあなたが家族に見てもらっているからっ!」


「だから、これからは私があなたを見てあげるわよ。聖の代わりとか、そういうのじゃなくて、あなた自身を見てあげるって言ってるの」


 見開かれた目。


 なんだ、綺麗な瞳してるじゃない。


「見てほしいなら、見てほしいって言いなさいよ。認めてほしいなら、認めてほしいって言いなさいよ。ま、私はそんな事言われなくても、あなたを見るし認めるけどね」


「な、なぜ・・・・」


「一目惚れって言葉、知ってるかしら?」


 微笑んで言うと、彼女の瞳から静かな雫が次々とこぼれ始めた。
























「初めは、母に好かれるためだったんです」


 薔薇の館から出て、外のベンチでちゃんの話を聞いていた。


「言うとおりにして、母が疲れないように、家事を全てやったりして。そうすれば、母はきっと私を見てくれる。笑顔でいれば、母はきっと、私に笑いかけてくれる」


 そう思ったんです。


 静かな声で紡がれる言葉。


「でも、何年たっても、そんな事起こりませんでした。母の目は、いつも姉さんに向けられていて、私を見てくれることなんて一度もなかった」


 透明な雫が、指を組むちゃんの手に零れ落ちる。


「中学校にあがる頃になって、ようやく、認めることができたんです。それからは、家の中で、静かに、埋もれるように生きてきました」


「存在さえしていないかのように?」


 彼女は顔を上げ、泣き笑いの表情を浮かべた。


「あなたには、何でもお見通しなんですね」


 私は、それに対して答えらしい答えなんてなく、肩をすくめて返すだけにとどめた。


「・・・・・・・あなたの、お名前を聞いても良いですか?」


 そう言われて、私は自分が名乗っていないことを思い出した。


「そういえば、名乗っていなかったわね。私は鳥居江利子よ」


「初めまして、鳥居江利子さん。私は、佐藤です」


 笑った顔は、あの能面ではなくて、可愛くて綺麗な、見惚れてしまうほどに輝いた笑顔だった。


「初めまして。それと、これからよろしくね。私の恋人さん」


「はい」


 微かに頬を染めたちゃんに、私は微笑んで返した。







 その後、実は彼女が中等部3年であることを知った。


 ・・・・・・犯罪には、ならないわよね?


 恋人同士だし。












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