【道化】




















「妹(スール)がいる人に、不必要に近づくのはあまり良しとはしないわ」





 放課後、目的もなく歩いていたわたしの耳に、そんな言葉が聞こえた。





 覗いてみると、そこにはわたしこと の幼馴染みである蓉子と、一人の少女がいた。





 確か、あの少女は江利子の恋人だったはず。





 ・・・・・そして、蓉子は半年ほど前まで、江利子の恋人だった。





 それだけ理解したら、後は見なくてもわかった。





「令が辛くなるのよ?」





「その言葉は、本心ですか?」






 言われてるね、蓉子。





 わたしも驚いたけど、それよりも蓉子の方が驚いただろう。





 蓉子は、相手がそんな事を言うとは思っていなかっただろうから。






「辛くなるのは、本当に令さまですか?蓉子さまじゃ、ないんですか?」





「っ!」





 言葉に詰まったような蓉子。





 的を得ていたのだろう。





 正論の裏に隠された、皮肉に、嫉妬に。





 彼女は、それに気づいたのだ。





 もっとも、ある程度頭の回転が速ければすぐに気づけちゃうけど。





 いつもはしないミス。





 いつもしない嫉妬。




 
 いつもしない、黒い皮肉。





 蓉子をそうさせているのは、江利子を未だ好きだという感情からだ。





 それが、蓉子を変えている。





 蓉子の目は、ずっと江利子を追って。





 でも、もう交わることのない視線。





 それは、わたし達みたいだね、蓉子。





 もっとも、わたしと蓉子は一度もそういった関係になんてなったことはないけど。




 
 ただ、わたしが蓉子を想い続けているだけ。





 一目惚れだったんだ。




 
 君を一目見た時、わたしは10歳にも満たない年齢で。





 それでも、わたしは身体に電流が走ったような気がした。





 寝ても覚めても君のことばかり。





 いつも、無意識に君を見ていた。





 だから、いつも、いつも、君が誰に恋しているかに気づいてたんだよ?





 もちろん、江利子に、恋していることも気づいてた。





 そして、一方通行だった視線が交わり始めたことにも気づいてた。





 それが、次第に交わらなくなっていったことも、気づいてた。





 慰めたあの夜、わたしは密かに涙を流した。





 ううん、ずっと前から、君を思うと胸が苦しくなって、目頭が熱くなる。





 自分でもわかってるのにね。





 わたしと君の視線は、交わることがないんだって、ことくらい。






 それでも、君を諦めることができないのは、何でかな?





「蓉子」





 呆然としたように立っている蓉子に声をかければ、身体をビクつかせて勢いよく振り返った。






・・・・・・」





 そんな蓉子に近づいていき、わたしは蓉子の髪を撫でる。





「蓉子、恋で受けた傷を癒すには、やっぱり恋が必要なんだ。新しい恋が」






「あなたに、恋をしろと?」





 そんなこと、無理でしょ?





 蓉子がわたしを見ることなんて、絶対にない。





 だって、そうなったことなんて、今の一度もないんだから。





 泣きたくて歪む顔を、苦笑で誤魔化した。
 




「そうじゃないよ。周りをもっとさ、見てみようよ。今の蓉子の状態は、続けていれば続けているほど危険を及ぼす」





 自分でもわかっているのだろう。





 蓉子の顔が、複雑に歪む。





 そんな蓉子の頭を、わたしは抱き寄せた。





「少しずつ、少しずつさ、江利子以外にも目を向けてみたらどう?江利子ではなくて、あの子でもなくて、周りに」





 わたしができることは、傷ついた彼女を慰めるだけ。





 それが、わたしの位置。





 ずっと、子供の頃から変わることのない場所。





 泣きたくなるくらい、嬉しい場所。





 泣きたくなるくらい、苦しい場所。 





 でも、どんなに願っても、この場所からわたしは動くことはない。





 どんなに望んでも、わたしは蓉子の隣にいくことは出来ない。





 だから、わたしはこの位置にいる。





 泣きそうになるのを我慢して。





 苦しさに、叫びそうになるのを誤魔化して。





 わたしは笑う。





 蓉子を笑顔にさせるために。





 わたしは、ただの道化。





「恋、しよう。きっと、蓉子なら、素敵な人が見つかるよ。大丈夫だよ、だって―――」





【わたしがいるから】





 そんなこと、絶対に言わない。





 言えない。





「蓉子は、とても素敵だから」





 我慢して、誤魔化して。





 わたしはこれから先も、ずっと道化を演じるだろう。










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