【意外性】
「リリアンに入るから、チームを抜けたい、だと?」
「なんか問題あるか?」
睨むように見上げる小柄な少女は、目の前にいる倍くらいある長身の女性を恐がることもしない。
「あるだろ、そりゃあ。お前、自分が特効隊長だってわかってて、んなざれごとぬかしてんのか?」
長身の女性が、少女を睨みつけながら襟首をつかみ、顔を近づけた。
誰もが畏怖を抱きそうな鋭さに、けれど少女は臆することなくその手を払う。
「誰が特効隊長にしてほしいゆーたんや。あんたが勝手にさせてただけやんけ」
「それでも、お前はその職に就いてただろうが。今更、そこに入るから抜けるなんて、許されると思ってんじゃねぇよ」
「なんと言われようが、あたしはここを抜ける。それを変えるつもりはないで」
睨むようにその女性を見つめると、しばらくして女性は呆れたようなため息をついた。
「わかった。お前が、一度決めたら覆さないってこと、嫌って程知ってるからな。好きにしろ」
「良いんですか!?総長!」
途端に上がる声。
「しゃーねぇだろう。お前らだって知ってんだろ?こいつの頑固さは」
言葉に詰まったように沈黙が訪れる。
「じゃあ、ええんやな?」
「ああ。だが、辞めた以上、帰ってくることは許さねぇぞ」
「わかってるて。それは安心しい」
ニヤリと笑う少女の頭を、女性は苦笑しながらなくしゃくしゃと撫でた。
「頑張れよ。あそこは、お嬢さまばっかりらしいからな。本性をだした途端、退学だぜ」
「本性なんて出さんわ、アホ」
「アホとはなんだ、このチビが」
「それは禁句やぞ!」
がう!と吠えるように叫ぶ少女に、女性や周りで聞いていた者達は大声で笑った。
「蓉子〜、あそこでお昼食べようよ〜。お腹減った」
「聖・・・・・」
お腹を押さえた聖を呆れたような表情で見る蓉子。
その隣で、興味なさそうに街並みを見ている江利子。
「だって、お腹減ったんだもん」
「わかったわよ。まったく、買い物も全て済んでないっていうのに」
江利子の腕を引きながら、嬉しさ満点で喫茶店へと入っていった聖を追いかける。
「蓉子も大変ね」
「ええ。でも、あなたがもっと動いてくれたら、少しは変わるわ」
「そうでしょうね」
そう言いながらも、江利子はなにか手伝おうとする気はないように見える。
そんな仲間に、蓉子は大きくため息をつき、聖の前に座った。
「昼食を食べたら、すぐに買い出しに戻るわよ?」
「わかってるって」
ウキウキ笑顔の聖に小さくため息をついた蓉子だったけれど、江利子がある方向を見ていることに気づいた。
「江利子?」
江利子はちらりと蓉子を見た後、無言でちょいちょいと自分の見ている先を示す。
蓉子が疑問符を浮かべながらそちらへと顔を向けると、小柄な少女が頬杖をつきながらボーッと窓の外を見ているのを発見した。
「あ」
「?」
その声に反応して、注文を終えた聖も2人の見ている方向へと顔を向けた。
「?知り合い?」
「先週転入してきた、 さんよ」
「って、株式会社の?」
蓉子の解答に、聖は驚いたように少女、を凝視する。
「といえば、小笠原家と勢力を二分にする大会社よね」
「ええ。祥子も、パーティでさんを見かけたことがあると言っていたし」
「でもさ、わたし達と同じ歳にしては、ずいぶん小柄だよね」
蓉子、江利子、聖が続けて言う。
視線はへと向けたまま。
と、江利子が聖の言葉にニヤリと笑った。
「彼女本人の前で、小さいことを言ってみたら?きっと素敵なことになるわよ」
「・・・・・・・なに考えているわけ?江利子」
蓉子が咎めるように問うが、江利子は楽しそうに笑う。
「やってみてのお楽しみよ」
「やってみよぉ〜っと!」
「あ、聖!」
蓉子が止めようとする前に、聖はの元へと行ってしまった。
「江利子ぉ〜?」
「良いじゃない。蓉子だって見てみたいでしょう?彼女の・・・・・・」
「もう一度、仰ってくれませんか?」
江利子の声を遮るように聞こえてきた、低い声。
驚いた蓉子が顔をそちらに向けると、目の笑っていない笑みを浮かべたと、それに顔を青くしている聖の姿。
から放たれるオーラが、もう一度言ってみろやこら、と言っていた。
「あ、あはは。なんでもないんだ!ごめん!」
ダッシュで戻ってきた聖は、水を一気飲みし、大きく息をはいた。
「こ、恐かった・・・・・・」
「ね?素敵だったでしょう?」
「どこが!紅薔薇さまよりも恐かったって!」
心臓を押さえる聖に、江利子は楽しそうに笑う。
反対に、蓉子は未だ驚きから回復しておらず、唖然としたように、もうすでに窓の外を見つめはじめているを見ていた。
「彼女にとったら、小さいという言葉は禁句なのよ」
「だ、だからって、あれはいくらなんでも恐すぎ!」
「それより蓉子、いい加減戻ってきなさい」
江利子が目の前で指を鳴らすと、ハッとして我にかえる蓉子。
「予想外だった?」
「え、ええ」
戸惑ったように頷けば、江利子はでしょうね、と笑う。
「私だって驚いたもの」
クスクスと笑う江利子は、本当に楽しそうに笑っている。
「あんなに恐い笑顔見たの、初めてかもしんない」
ようやく顔色が元に戻った聖は、もう一度水を飲み息をはく。
「でも、良い意味で予想外だったわ」
「江利子だけよ、そんなこと言うの」
「ホントホント」
「そうかしら?」
ニッコリ笑う江利子に、蓉子と聖は顔を見あわせ首を横に振ったのだった。
「蓉子〜、重いよぉ」
「純粋な乙女に、こんなに持たせるなんて」
「荷物くらい持ちなさいよ!探すの、一度も手伝わなかったんだから!」
ズンズン歩く蓉子の後を、聖と江利子は荷物を持ちながら追う。
その荷物は、2人の手に微妙に食い込んでいた。
それでも、蓉子は手伝おうとはしない。
何故なら、2人は必要なものを探している蓉子を後目に、好き勝手歩き回っていたから。
「まったく。私は聖みたく馬鹿力じゃないのよ」
「ちょっと江利子。わたしだって、馬鹿力じゃないんだけど」
「あらそう?」
睨みつけてくる聖を気にも留めず、江利子は荷物を持ち直した。
そこに、
「大変だね、君達」
「なんなら、俺らが手伝ってあげようか?」
2人組の男が、蓉子達に近づいてきた。
「「「結構です」」」
異口同音に即答する3人。
「けどさ、持つの大変だろ?」
「俺らは好意で言ってんだぜ?」
彼らの言葉に蓉子達は顔を見あわせ、歩きだした。
それでも追ってくる男達。
「おいおい。親切で言ってやってんだぞ?」
「人の好意は、素直に受け取るものだよ?」
さらには、江利子と聖の手を掴む始末。
「離してくれない?」
「離してくれる?」
聖と江利子は同時に男の手を払う。
「あはは。最近の子は気が強いな〜。でも、俺はもっと素直な子が好きなんだよね」
「そうそう。女の子は素直が一番だぜ?痛い目みたくなかったらな」
最後の言葉が急に低くなり、男達は聖と江利子の腕を強くつかんだ。
「いつっ」
「った!」
「江利子!聖!離してください!」
蓉子は男達をキッと睨む。
が、男達はニヤニヤと笑うだけで2人の腕を離そうとはしない。
と、
「何をなさってらっしゃるんですか?」
先程聞いた声が聞こえた。
全員同時に振り返る。
そこには、蓉子達が予想した通りの少女、がいた。
の姿をみて、蓉子達は知らず知らずのうちに身体の力を抜く。
なんとなく、がいれば助かる、と思ったから。
「君には関係ないよ」
「ああ、お前みたいなガキにはな」
「そう言うわけにはまいりません。3人とも、私の知り合いですから」
ニッコリと微笑む。
そんなに、2人ははんっ、と鼻で笑った。
「うるせぇな。お前なんか、お呼びじゃねぇんだよ。チビが」
「そうそう。チビならチビらしく、お家に帰っておねんねしててよ」
「「「あ・・・・・」」」
易々と禁句を口にした男達に、蓉子達の声が重なる。
それと同時に、
「今、なんて言うたんや?」
ドスの利いた、低い声が聞こえた。
「「「「「え・・・・・」」」」」
これには、男達だけではなくて蓉子達も声を出してしまう。
「今、なんて言うたんや、って聞いとんねん」
小さい腕を伸ばし、聖の腕をつかんでいた男の襟首をつかんで引き寄せる。
その身体からは想像もできないほどに、その目は鋭いものだった。
「え?はっ?」
あまりの変わりように、襟首をつかまれた男は混乱状態。
だが、それよりも混乱しているのは同じ学校の蓉子達だ。
「は?ちゃうわ。今お前、あたしをチビゆーたよな?」
肌が触れ合いそうなくらいに、鋭い表情の顔を近づけられ、勢いを失った男は顔を蒼白にさせている。
もう1人の男の方も、顔を青くさせている。
それほどまでに、の顔は恐怖を感じさせるものだった。
「あたしな、チビゆわれるんが大っ嫌いやねん。わかるか?わかるよな?」
「は、はいっ」
「やったら、明日からお天道さま拝めんでも、しゃーないよな?」
「くっ、苦しっ」
襟首をつかむ手に力がこもっていっているのか、男の顔が違う意味で青く変色していた。
「きーとるん?自分。お前もやで?」
「すっ、すみませんでした!!」
江利子の腕をつかんでいた男が、地面に頭をこすりつけるようにして土下座した。
「あんな?謝って済むなら、警察なんていらんねん」
「そ、そこをなんとか!許してください!!」
「じゃかぁしいんじゃ、アホが!」
「「「さん・・・・・・?」」」
ハッとしたように蓉子達をみる。
そこには、目を大きく見開いてを凝視する3人がいた。
あの江利子までもがポカン、とした表情をしているではないか。
その間に達から逃げていく男達。
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
それに気づいた様子もなく見つめ合う4人。
「・・・・・・・ですわよ?」
「いや、遅いから!」
何に繋がったのかはわからないが、そう言ったに聖が素早くツッコミを入れた。
「・・・・・・えっと、どういうこと?」
「さん、あなた一体・・・・・・」
江利子と蓉子が唖然とした表所のまま問いかけてきた。
「・・・・・ああ、もう。最悪や」
顔を上へとあげて額にパシン、と手をあてる。
「そうね。でも、私達にもちゃんと説明してくれるかしら?」
「は?なんでやねん」
「説明してくれないなら、あなたのこと学校中に言いふらすわよ?」
心に余裕のできた江利子は、友人2人を放って脅しをかける。
それに顔を歪める。
「あんた、ええ性格しとるなー」
「ふふ。今のさんも、素敵な性格してるわよ?」
「ああ、そうかい」
「あ、あの、それで・・・・」
「・・・・・・・はぁ」
でっかくため息をつき、は3人をみる。
「ええか?今から言うこと、絶対誰にも言ったらあかんで?言うんは、それが条件や」
「「ええ」」
「了解」
それにもう一度ため息をつき、は口を開いた。
「まあ、簡単に言うとな?あたしは、レディースにおってん。今はもう辞めたけどな」
「「「レディース!!?」」」
「そや。ええか?ほんまに誰にも言うなや?」
脅すように低く言えば、蓉子と聖は慌てたように頷く。
「レディース。良いわ。良いわ!さん!」
「「「は?」」」
突如として輝きだした江利子の目に、3人はマヌケな声を出し、一歩下がる。
「こんなに意外性のある人、私の周りにはいなかったもの!素敵よ!」
「・・・・・・ああ、そうかい」
呆れたように返すや、ポカンとした表情で江利子を見る蓉子と聖を置いて、江利子はそれはそれは嬉しそうに微笑んだのだった。
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