【恋人 〜蓉子編〜】

	





「ねえ、巳星ちゃん。あなたは、好きな人がいるの?」

 呼び出され、家の近くの公園に行ってみればその問いかけ。

 わたしは眉をよせた。

「好きって、全員が好きっていわなかった?」

 そう言うと、なぜか辛そうに首を横に振る水野蓉子。

「違うの。そういう意味じゃないのよ。恋愛感情を持って、好きな人のことを聞いているの」

 わたしは、軽く目を見開いて水野蓉子を見つめた。

「私は、好きなの。あなたが。だから、教えて。あなたは今、好きな人がいる?」

 悲しげに眉をよせ、そう問いかけてくる水野蓉子に向けていた目を、逸らす。

「いないよ。好きな人なんて」

 そう答え、ズキリと胸が痛くなった。

 それを感じて、嘘だ、と心の中で思う。

 いないなんて、嘘だ、と。

「そう・・・・・」

 伏せられた眉。

 それが、とても悲しそうに見えて、わたしも目をふせた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 2人とも、何も言わない。

 どれほどたっただろう。

 急に、沈黙が破られた。

 破ったのは、わたしの目の前にいる水野蓉子。

「ごめんなさい。急に、変なことを言ってしまって」

 そう言って顔をあげた水野蓉子は、まるで泣いているようだった。

 再び、胸が痛んだ。

「よう・・・・」

「忘れて。今、私が言ったことは、忘れて頂戴」

 泣き笑いの表情で、水野蓉子はわたしの言葉を遮る。

 撤回すればいい。

 好きな人がいるのだと。

 今、気づいたのだと。

 今、わたしの目の前にいる、君が好きなのだと。

 言えばいいのに、声にはならない。

「それじゃあ、ごきげんよう」

 声にならない間に、水野蓉子はわたしに背を向けて歩きだしてしまった。

 その背中が、震えているように見えるのはきっと、見間違いではないはずだ。

 今言わなくては!

「っ蓉子!」
 
 わたしは、リリアンに入って初めてではないかというほど、大きな声で水野蓉子の名前を叫んだ。

 ビクッと肩を震わせ、立ち止まる水野蓉子。

 わたしは、そんな彼女に駆け寄っていった。

「蓉子・・・・・」

 前に回り込めば、下を向いてこちらを見ようともしない水野蓉子。

 それでも、そんな彼女の目あたりから雫がこぼれ、地面に落ちているのが見えることから泣いている
のがわかる。

 それに、自然と眉を下げていた。

「ごめん、蓉子」

「謝ってなんて!ほしいわけじゃないわ!!」

 首を横に振り、叫ぶ水野蓉子。

「違う。違うんだ蓉子」

 わたしは、下を向いたままの水野蓉子の両頬に手をあて、顔をあげさせる。

 その頬は、沢山の涙で濡れていた。

 わたしは、なるべく優しく、流れる涙を拭っていく。

「いるんだ、好きな人・・・・・」

 絞り出すような声が、自分の口からもれた。

 まるで、自分の声ではないように感じる。

「わかったわ・・・・。私に気を使って、いないなんて、嘘をついたのね」

 自嘲的な笑みが、蓉子の口元を飾る。

 違う。
 
 それも、違う!

「それなのに、なぜ追いかけてきてまで本当のことを言うの!?私を、さらに突き落とすことを言うの
よ!!」

「違うんだよ・・・・・。好きだって気づいたのは、今さっきなんだ」

 泣き叫ぶ水野蓉子を、わたしは抱きしめた。

 これ以上、辛そうな水野蓉子を見ていられなくて。

「っ!」

 抱きしめたからだろう。

 息を呑むような音が、耳の上横から聞こえた。

「泣かないで・・・・・。好きだから、蓉子が、好きだから・・・・・・泣かないで」

「え・・・・・?」

「今、気づいた。泣いている蓉子を見て、気づいたんだ。わたしも、蓉子が好き」

 わたしがそういうと、水野蓉子の腕が背中にまわった。

 背中にまわった腕が、強い力で抱きしめてくる。

 震える水野蓉子の身体。

 肩におしつけられた顔から、嗚咽を漏らす声が聞こえてくる。

 わたしは、そんな水野蓉子を、抱きしめてくる力に負けないくらいの力で、抱きしめ返した。

「好きだよ、蓉子」

「・・・・・え、えっ」







 その日、蓉子がわたしの家に泊まった。

「お母様にも、認めてもらえて良かったわ」

 泣いた痕など消え、嬉しそうに蓉子が言う。

 いつもの、唯我独尊ぶりが嘘のような表情だ。

「そうだね」

 わたしは小さく笑って返し、テーブルに座る。

 そんなわたしの後ろに、ベッドに座っていた蓉子が座り抱きしめてきた。

「蓉子?」

「ずっと、こうしたかったの。友人としてではなく、恋人として」

「そっか」

 腕を後ろにまわし、蓉子の頭を軽く叩く。

「夢じゃないのよね?現実なのよね?」

「現実だよ。夢じゃない」

 そう言うと、蓉子はわたしの肩口に額をあてた。

「良かった・・・・・・」

 また泣いてしまうのではないだろうか。

 そう思ってしまうほどに、彼女の声は震えていた。

 その日の夜、夢の中に華南さんがでてきた。

「華南さん・・・・・・」

【長過ぎじゃない?あれから、もうすでに4年以上たっているのよ?】

「面目ない」

 呆れた表情の華南さんに、わたしは微苦笑を返す。

 それからすぐに、華南さんは綺麗に笑った。

【おめでとう、巳星】

「・・・・・ありがとう、華南さん」

 華南さんの笑みに、わたしも微笑んで返した。
   







       

 

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