【本当の】
リリアン女学院。
お嬢様学校としても、進学校としても有名な学校。
その高等部には、知らない者がいない、と言われているくらいに有名な一人の少女がいる。
山百合会のものではなく、ただの一般生徒。
その少女の名前は、 。
編入することの難しいこの学校に、編入してきた1年生である。
入学当時から冬服を身に着け、肌をあまり露出せず、肌が見えているのは手と首から上だけ。
けれど、有名なのは、それが理由ではない。
は、性格が悪いことで有名なのだ。
上級生だろうと、教師だろうと、臆することなく。
敬語であるというのにもかかわらず、相手の神経を逆撫でするような言い方。
それは、山百合会のメンバーに対しても同じ。
故には、誰からも嫌われていると言っても良いだろうほどに、嫌われていた。
けれど、山百合会のものたちは知る事になる。
の、違う一面を。
それは、仕事を終えて、全員で帰っているときだった。
「結構遅くなってしまったわね」
「そうですね、お姉さま。祐巳、こんなに遅くなってしまったけれど、貴女は平気?」
「はい!大丈夫です!」
ほのぼのと会話をする、紅薔薇家。
「はぁ、疲れた〜」
「あら、一番若いのに、体力がないのね、由乃ちゃったら」
「ムッ 黄薔薇さまよりはあります!!」
「由乃っ、お姉さまもっ、や、やめてくださいよぉ」
いつもと同じようなことをする黄薔薇家。
「みんな元気だねぇ。ねえ、志摩子」
「お姉さま、老人みたいですね(微笑」
「・・・・・・・・・(汗」
上下関係が微妙に逆転してないか?な白薔薇家。
けれど、彼女たちのいつもの光景。
それを邪魔したのは、一人の男。
ダン!!
空から降ってきた。
彼女たちには、そう見えた。
歩みを止め、突如降ってきた男を見る8人。
「・・・・肉・・・・血・・・・人ぉ・・・・」
涎をたらし、ゆっくりと近づいてくる男。
異常。
誰が見ても、その男はおかしかった。
「ひっ!」
祐巳の引きつった声。
誰も通らない暗い夜道に、それは妙に響いた。
「っ何の用ですか!!」
蓉子が、意を決して叫ぶ。
けれど、男は、それが聞こえていないかのように、同じことを呟きながら、近づいてくるだけ、
「っ蓉子!逃げよう!!」
「え、ええ!行くわよ、みんな!!」
聖が言えば、蓉子も頷き、みんなを見渡す。
全員が怯えの混じった表情で頷き、駆け出そうとした。
けれど、それよりも早く、
「うがぁぁぁ!!」
男が飛び上がり、男がいた場所とは反対方向に体を向けた蓉子たちの前に、着地したではないか。
常人ではあり得ないその動きに、蓉子達の中に巣くう恐怖が膨れ上がる。
「何なの!何なのよ!こいつ!!」
「由乃!落ち着くんだ!!」
叫ぶ由乃を一括し、令は背中にしょっていた竹刀を手に取った。
蓉子たちの前に行き、震える手で竹刀を構える令。
「お姉さま方!逃げてください!!」
「「「令!!?」」」
「令ちゃん!!?」
「「令さま!!?」」
急にそんな事を言い出した令を、全員が驚き、叫ぶ。
「ここは、わたしが引き受けます!!ですから!!」
「嫌よ!!令ちゃんを置いていけなんかしない!!」
「私もよ!」
由乃と江利子が、すぐに令の両腕を掴み、下がらせた。
「由乃!お姉さま!」
「逃げる時は、一緒なの!」
「そうよ、令。誰かが犠牲にならずに済む方法を考えましょう」
いつもはしないような真剣な表情で、江利子はそう言って男を睨んだ。
常日頃、この2人からひどい扱いを受けている令。
けれど、こういう時だからこそ初めてわかる、2人の思い。
「っはい!」
目を潤ませながら、令は頷いた。
けれど、こんな状況で何か良い案なんてでるはずもない。
「あの人は人間ではありませんよねっ?」
志摩子が震えた声で呟く。
聖が、強く抱き寄せた。
志摩子も聖の制服を握り締め、それでも、男を見つめる。
志摩子の呟きは、7人全員が思ったこと。
男が、人間ではない。
あり得ない考えだが、祥子でさえもそう思った。
それは、男の動きを見たからだろう。
ゆっくりと近づいてくる男に、8人は注意深く、隙をうかがいながらじりじりと後退していく。
「ヒッ!!」
「祐巳!?」
「うっ、後ろにもいますよぉぉ!!!」
祐巳の、泣き叫ぶ声。
それに反応して、全員が後ろを見れば、同じような男がもう一人立っていた。
とっさに、祥子も祐巳を抱き寄せる。
これで、逃げ道は塞がった。
全員が、恐怖に顔をゆがめながら、
ここで死ぬのかもしれない。
そう思った。
「あなたたちの相手は、私よ」
突如聞こえた、落ち着いた声。
今の現状には不似合いなその声は、蓉子たちの目の前にいる男の背後から聞こえた。
勢いよくそちらへと顔を向ける蓉子達。
そこには、右手に刀を持った一人の少女の姿があった。
「っ、さん?」
震えた声で由乃が呟く。
そこには確かに、全校生徒から嫌われていたの姿。
はそれには答えず、その男から2mほどのところまで来ると、刀を顔を前で横に持ち、構えた。
「っ!?」
そこで初めて、男が怯えたように一歩後ずさる。
けれど、は意に返した様子もなく、小さく何かを呟いた。
それは、蓉子達には聞こえないものだったが、それを呟いた途端、の右目がカッと見開かれ、淡い青色の光を宿した。
それだけではなく、刀身も。
「「「「「「「「 っ!!? 」」」」」」」」
「『鬼切り』・・・・!」
が足を地面から離した瞬間、の体はすでに男の体を、その刀で斬っていた。
全員が、息をのむ。
けれど、男から血は出ない。
それどころか、男の体が反り返った瞬間、砂のような砂粒となり、地面に零れていく。
それに目を見開く蓉子達の後ろ。
は、すでにその男へと標的を変え、同じように砂粒へと変えていた。
「い、一体・・・・っ」
「あなた方が、知るべきではない世界です」
光を失った刀を鞘にしまい、祥子にそれだけを返す。
そこで、幼い声が聞こえた。
「さん!」
全員の視線がそちらへと移る。
暗闇の中から走り寄ってきたのは、袖のないパーカーを着た一人の可愛い少女。
「葛さま」
その途端、が微笑んだ。
いつも、冷たい表情しか浮かべない、が。
蓉子たちは目を見開き、最大の驚愕を表している。
特にそれが大きいのは、同じクラスである由乃だ。
「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
「葛さま。私は、このような者達相手に、血など流しはしません」
蓉子たちが初めて聞く、柔らかな声。
「」
「烏月」
再び、暗闇から一人の少女が現れた。
それは、の容姿にも負けないほどの美少女。
「どうやら、片付けたようだね」
「当たり前でしょう?」
くすりと笑うに、烏月と呼ばれた美少女も小さく笑って返す。
「ほらほら〜、さん!貴女が助けた方々が、驚いてらっしゃいますよ!」
「・・・・放っておいてかまいません」
浮かべていた笑みは消え、あるのは蓉子たちの見慣れた冷たい表情。
今度は、それを見て、少女、葛と烏月が驚く番だった。
けれど、すぐに納得の表情になる2人。
「なるほど、さんは、学校ではそういう顔をしているわけですね?」
「、わざわざ態度を変える必要もないだろう」
「わ、私の勝手です」
手をポン、と叩く葛と、溜息をはく烏月。
そんな2人の対応に、は微かに頬を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「どういう、こと・・・・?」
顔を見合わせる蓉子達。
それに答えたのは、にっこりと笑った葛。
「それはですね、おねーさん方。は、今さっき見た、私たちは『鬼』と呼びますが、彼らを倒す仕事をしているのです。まあ、普通ではありませんからね。・・・・・それに、死ぬ可能性もある仕事ですから」
「「「「「「「「 死ぬ!!? 」」」」」」」」
「はい。だからは、お友達を作らないようにしているのではないかと。私はそう思っているわけですよ」
「つ、葛さま!」
「恥ずかしがるな、。それに、君のことだ。変に近づいて彼女たちを危険にさらしたくないとでも思ったのだろう?」
「うっ・・・・」
言葉に詰まるの姿は、まさに烏月の言ったことが正解であることを表していた。
蓉子たちは何に驚けば良いのかわからないほど、驚いていた。
冷たい表情しかしないが、意外と表情が豊かであることに驚けば良いのか。
死ぬ可能性があるかもしれない、そんな仕事をしていることに驚けば良いのか。
自分たちのことを思い、わざと冷たく接してきたの優しさに驚けば良いのか。
「さんって、優しかったんだ・・・・」
「まあ、殺されかけたのに、その鬼たちを助けようとするくらいには優しいですよね」
「「「「「「「「 殺されかけた!!? 」」」」」」」
「葛さま!余計なことを言わないでください!」
「良いじゃないですか。それより、そろそろ帰らないと、桂おねーさんやノゾミさんたちが怒りますよ」
「「 あ! 」」
葛の言葉に、慌てたように顔を見合わせると烏月。
「サクヤさんに怒られてしまいます、葛さま!」
「そうですね。では、おねーさん方には申し訳ありませんが、ここで失礼させていただきます」
「この辺りにいる鬼は、が倒したので最後だから、心配しなくても良い。それでは」
葛と烏月が蓉子達に微笑みかけ、踵を返す。
「・・・・・今日のことは、誰にも言ってはダメよ?それではね」
は、なんと蓉子たちに微笑みかけ、葛と烏月の後を追っていった。
残ったのは、唖然とした表情の蓉子たち。
次の日、
「さん!一緒にお昼食べましょう!!」
「さん、い、一緒にお昼、どうかな?」
「さん、ぜひ、私とお昼ご一緒しましょう」
「さん、一緒にお昼なんてどうかしら?」
「あ、あのさ、お昼、一緒に食べない?」
「ちゃん、お昼一緒にどう?」
「ちゃん、もちろん、私と一緒に食べるわよね?」
「蓉子たちなんてほっといてさぁ、わたしと一緒に食べようよ♪」
由乃、祐巳、志摩子、祥子、令、蓉子、江利子、聖による、争奪戦が始まっていた。
「・・・・・・やっぱり、笑ったりなんてしなければ良かったわ・・・・はぁ・・・・」
驚くものたちを無視して、は烏月に怒りの念を送っていたのだった。
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